貘印✴︎宝船
BAKUJIRUSHI✴TAKARABUNE
七(八)邦楽器と打物に依る舟歌
Barcarolle for 7(8) Japanese instruments & percussion
(2023)
笙:吉祥天女【てんにょ】
笛/能管:寿老人/福禄寿【おきな】
尺八:布袋尊【ほてい】
胡弓†:貘【ばく】
三味線:毘沙門天【びしゃもん】
琵琶:弁財天【べんてん】
箏:恵比寿【ゑびす】
十七絃:大黒天【だいこく】
打物:船頭【せんどう】
†どうしても配役が困難な場合は隠微化されてよい
この作品は日本音楽集団の委嘱に応え2023年春夏秋に作曲した。様々な邦楽器を単一奏者で組み合わせる合奏の構想を始めるや、遥か東の水平線から貘印の唐船に乗った七福神が、私の躰をあれよあれよと席巻した。七福神とはたいてい弁天に毘沙門、布袋、恵比寿と大黒、それに福禄寿と寿老人の七柱だが、最後の二神が異名同体とされたり、時に吉祥天が加わったりする。我らが内なる異国憧憬(エキゾチシズム)を当然に含んだ無節操な諸神混淆(シンクレティズム)。その信仰は、古より渡来した/土着する各々の神が室町末期に京の町衆文化の中で福神たる性質を共通項に結ばれ、巡礼流行りも手伝って、近世の江戸・上方など都市部から爆発的に人気を博した。明治以後は真面目に苦悩する知識人を尻目に、前近代と近代の溝をヒョイと飛び越え、固有と普遍があい睨む壁をガヤガヤ壊し踏みつけて、大正昭和平成令和と時代を跨ぎ、列島の津々浦々まで伝統然と広がっている。
奇怪な凸凹(でこぼこ)七神が金銀財宝呪具秘玉を満載した一艘に同舟、黒潮の荒浪越えて首尾よく陸(おか)に漂着し機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキーナ)よろしく有難き福を人々に齎(もたら)す——不気味なまでにお目出度く怠惰を極めたこの救済幻想は、世の成り行きに飽き飽きするほど翻弄された日本の庶民が巧まず覚(さと)った「現(うつつ)も夢(ゆめ)よ」とばかりの深い諦めの底で、うばわれても奪われぬ度し難い生命力に根づいている。
私は、その剥き出しの現世利益(げんせりやく)の悍(おぞま)しくも逞(たくま)しい包摂力に肖(あやか)って音曲の船を拵(こしら)え、凡(あら)ゆる凶事をも餌にする貘の思想を肚(はら)に籠めて、偉大なる現代邦楽の先人たちが抱えた葛藤やその所以たる対立図式の綻(ほころ)びから、もうひとつの未来へと突き抜けようと試みた。
曲は終始単一テンポで一千一秒の持続を成す、いわば音による祝祭芸能。コツコツと船縁(ふなべり)を打つ波の律動が遠心的に増殖し、マジナイめいた異声と共にじわじわ歪んだ囃子が浸み出し、やがては怒濤のように荒ぶり溢(あふ)れて、愉しくも狂おしい初夢(はつゆめ)回文歌が鳴り渡る。
永き夜の 遠の眠りの みな目覚め 浪のり舟の 音の佳きかな
(なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな)
[委嘱]
日本音楽集団
[初演]
2024年1月19日 豊洲シビックセンターホール 日本音楽集団