交響神樂 第六番 〈國譲〉
Symphonic Kagura No.6 "KUNI-YUZURI"
平野 一郎:
HIRANO Ichirô:
出雲國の神話・伝承・風土に拠る、管弦楽(及び声楽)の為の連作
交響神樂 第六番〈國譲〉
The Orchestral (& Vocal) Cycle Based on the Myths, Folklore & Climate of Izumo
SYMPHONIC KAGURA No.6 “KUNIYUZURI”
序 Jo
一 Ichi
二 Ni
三 San
四 Shi
五 Go
六 ROku
七 Shichi
八 Hachi
結 Ketsu
序:漆黒の天の帳に幽かな光と色が射し、童子たちの呼声と共に天空の星や鳥や神々のざわめきが聞こえると、やがて地底から巨大な龍体が億年の蔵識を呼び起こすようにのろりのろりと蠢き出す。八百万の神と民が蒙った古の悲劇の記憶がありありと蘇るや否や、再び回帰する事の出来ない楽園への痛切極まる葬送の調べが時空に溢れ、いよいよ“現想の神樂”の幕が開く。
一:豊葦原瑞穂國へどの神を送ろうか、高天原の天津神たちは詮議の真っ最中。アメノホヒ、アメノワカヒコの派遣とその苦い失敗を挽回するべく、今度はどうやらタケミカヅチ/フツヌシ両神に白羽の箭が立ったようである。
二:目眩く天の神楽のシャギリに乗ってタケミカヅチ/フツヌシが悠々と登場。怪しからぬ地上の荒ぶる神々を鎮め和す旨を宣言した二柱の神は、輪舞の如く妙なる道行の音に運ばれて意気揚々と中空を渡り、はるばる下界に舞い降りる。
三:地にはオホクニヌシ。野山を駆け巡った若年の奔放さは鳴りを潜め、重々しい威厳に満ちたこの大神の声は、難しい行く末を案じるかのように、深い憂愁の翳りを帯びている。タケミカヅチ/フツヌシは高天原の詔(ミコトノリ)を盾に、口々に矢継ぎ早にオホクニヌシを問い質し国譲りを迫る。オホクニヌシは苦悶の喘ぎを発しつつ、己の一存では決められぬと、美保の崎で鳥を捕り魚を釣る息子コトシロヌシの名を挙げ、自らの代わりに彼に尋ねるよう両神に進言する。
四:美保の崎ではコトシロヌシが無邪気に鳥を追い魚を釣っている。童心のままに遊ぶ神に相対したタケミカヅチ/フツヌシ両神は、冷酷なまでの直裁さで国譲りについての彼の意向を訊す。その恫喝に到底敵わぬとみたコトシロヌシは意気消沈、天津神への服属と国譲りの意を呆気なく言明すると、謎めいた所作“天逆手(アメノサカテ)”を打って青柴垣(アヲフシガキ)に籠り、昏き水の底へと身を沈める。
五:戻ったタケミカヅチ/フツヌシ両神は、コトシロヌシの言質を基に一層激しくオホクニヌシに国譲りを迫る。苦しむ地の大神はとうとう今一人の子タケミナカタの名を挙げ、急ぎ彼方から召喚する。地の神楽の神風囃子の吹き飛ばされそうな勢いに乗り、荒神タケミナカタが颯爽と登場する。天地を震わせる怒り漲る声と地団駄と風のはためき。苛立つ荒神は矢も盾もたまらずといった体で、タケミカヅチ/フツヌシ両神への戦いを告げるや、いきなり激しく飛びかかる。
六:矢庭に巻き起こる天津神タケミカヅチ/フツヌシと國津神タケミナカタとの死闘。天の神楽と地の神楽がもんどり打って絡み合う。八百万の神と民は舞う土埃と血の匂いに色めき立ちヤンヤと喚声を上げる。組んず解れつ打ち続く争いの末、一瞬の油断を見逃さぬタケミカヅチがタケミナカタの腕を取ってエイヤと絞りあげると、虚を突かれた荒神は一溜まりもない。へたり込んだところを捕まえ、さあどうだとばかりに天津神への服属を迫る。恐れ慄きとうとう音を上げたタケミナカタはすごすご降参、すっかり悄気かえった声で、これからは遥かな諏訪の湖におとなしく鎮まることを約束する。
七:タケミカヅチ/フツヌシ両神は、いよいよ最後通牒よろしくオホクニヌシに国譲りを迫る。進退窮まった大神、八百万の神と民の絶望を一身に背負いながら苦渋の決断、葦原中津國を天津神に奉ずる事を宣言する。
八:裏腹の心を歌うタケミナカタ/コトシロヌシ両神の声に被さるように、勝ち誇るタケミカヅチ/フツヌシ両神の凱歌が響くと、すかさず天の神楽のシャギリが鳴り渡り、二神は妙なる道行の音に乗って、きらきらしく天空の彼方へ還ってゆく。神々を天上に見送った八百万の神と民の呻き・嘆き・喚き・叫びが堰を切って沸き起こる。弔いの太鼓がその全てを掻き消さんばかりにどろどろ残忍に轟き、やがて暗い静寂が辺りを包む。
結:笏の一打に“現想の神樂”が弗と幕を閉じると、白々とした不思議の響きに連れて何処からともなく口々に神寿詞の朗誦が起こる。只中にオホクニヌシの最後の言葉が浮かび漂い次第に曲節を帯びる。眠りから覚めた群衆が八雲歌を密やかに唱え、童子たちの賛歌や彼方の踊り歌が加わると、過去・現在・未来に亘る諸時代混淆の八百万の声と音が重なって虚空の大伽藍に交響する。真新しく築かれた雲まで届く大社の高楼へと籠るべく、一段一段踏みしめて昇殿する大神の姿も見える。名残り惜しむような「とこしへに」の長い声が聞こえるや、振り切るように駆け上がる激しい足音と歓呼にハッとして全天鳴動、有象無象を遥かな未来に放擲する轟音と煌びやかな天籟の長い余韻の内に全曲が結ばれる。
交響神樂 第六番〈國譲〉 台本
[序]
おまつりでござる トーメー
やつめさす 出雲建が佩ける刀 葛多纏き さ身無しにあはれ
みざは ヲヲヲ
ひとたびでござる トーメー
[一]
(天忍穂耳命:)豊葦原の瑞穂の國はいたく騒ぎてありなり。何れの神を遣はしてか言向けむ。
アメノホヒ!
アメノワカヒコ!
タケミカヅチ!
ふたたびでござる トーメー
[二]
タケミカヅチ!
フツヌシ!
武甕槌:我は武甕槌命なり。
経津主:我は経津主命なり。
武経:葦原中國に荒ぶる神あり。磐根木立も言問ひ、昼は五月蝿なし、夜はほべなし。光る妖しき神ありて、天津神にまつろはざるにより、我ら彼の國に天降り、荒ぶる神を鎮め言向け申すべし。
やつめさす
やくもさす
〽久方の 八重の雲路を 遥々と 豊葦原や 八雲立つ 出雲の國に 着きにけり
みたびでござる トーメー
[三]
オホクニヌシ! オホナムヂ! アシアラノシコヲ! ヤチホコ! ・・・
大國主:我は大國主命なり。
武:天照大神、高木神の御言もちて、問ひに使はせり。
経:汝がうしはける葦原中國は、我が御子の知らす國ぞと言依さしたまひき。
武経:故、汝が心は奈何に。
大:吾は得白さじ。我が子、八重事代主神、これ白すべし。然るに鳥遊をし、魚を獲りて、御大の前に往きて、未だ還り来ず。
よたびでござる トーメー
[四]
コトシロヌシ!
事代主:ア釣った、釣った。アまた釣った。我は事代主命なり。美保埼にて鳥の遊び、漁りするところなり。
武経:故、汝が心は奈何に。
事:恐し。この國は天津神の御子に立て奉らむ。
(ゑべっさん ゑべっさん 水の中・・・)
武経:汝が子、事代主神かく申しぬ。また白すべき子ありや。
大:また我が子、建御名方神あり。これを除きては無し。
いつたびでござる トーメー
[五]
〽千早振る 神の嵐の 面白や おもひ出でたり 神代より 浪の鼓を 打たむとて 雲の御笛を 吹かむとて 天津乙女の 舞ひの袖 國津男子の 躍る裾 旗めかしたる 風の主 鼕鼕と踏む 跫の鳴神は 建御名方命なり
建御名方:我は建御名方命なり。何れの神なるか、見もせず聞きも及ばぬ姿にて、天降り来て我が國奪ひ盗らむとする神あり。けしからむ事なり。然らば力比べせよ。我先にその御手とらむ。此れを退けむものなり。
むたびでござる トーメー
[六]
サア! トオ! ヤー! ホッ! ハッ! ヨー!
武経:如何に、建御名方神。豊葦原中国を天津神の御子に、立て奉るや、否や。
建:恐し。吾をな殺し給ひそ。我が父、大國主神の命に違はじ。八重事代主神の命に違はじ。今よりは州羽の湖を宮処とし、諏訪神と鎮まり申すべし。此の所を置きては他し所に行かじ。
ななたびでござる トーメー
[七]
武経:汝が子等、二柱の神は、天津神の御子の命の隨に違はず、と白しめ。故、汝が心は奈何に。
大:吾が子等、二柱の神の白す隨に、吾は違はじ。此の葦原中國は、命の隨に立て奉らむ。ただ吾が住処をば、天津神の御子の天津日嗣知らしめす、とだる天の御巢如して、底津石根に宮柱ふとしり、高天原に氷木たかしりて治め給はば、吾は百足らず八十坰手に隠りて侍ひなむ。また吾が子等、百八十神は、即ち八重事代主神の御尾前となりて仕へ奉らば、違ふ神はあらじ。
ななたび半でござる トーメー
[八]
事建:嗚呼、嬉しや。喜ばしやな。我は今より國津神と鎮まり申すべし。
武経:嗚呼、嬉しや。喜ばしやな。荒ぶる神を鎮め、言向け遂へにけり。
〽久方の 八重の雲路を 遥々と 天の浮き橋 昇り往き 高天原に 還りけり。
おけどでござる
[結]
=〈出雲國造神賀詞〉 奏上=
大:是の我が燧れる火は、高天原には、神産巣日御祖命の、とだる天の新巣の凝烟の、八拳垂るまで焼き挙げ、地の下は、底津石根に焼き凝らして、栲縄の千尋縄打ち延へ、釣為し海人の口大の尾翼鱸、さわさわに控き依せ騰げて、打竹のとををとををに、天の真魚咋を献る。
八雲さす 出雲の玉が音連れを 夜見の水面の 月影ぞ聞く
八雲さす 出雲の魂が訪ひを 黄泉の水底の 月弓ぞ知る
〽ア ア ア ウン ウン 皇神を よき日にまつりし 明日よりは あけの衣を 藝衣にせむ (〈百番の舞〉)
皇神の よき日にまつりし 明日よりは あけの衣を 藝衣にせむ
八雲ゆく 出雲の民が 諸聲や 世の永久に うち響くかも
八雲ゆく 出雲の子等が 諸聲や 日の永久に うち響くとは
みこもでござる
八雲ゆく
八雲たつ
吽阿
調阿彌
※ 本テクストは古事記・日本書紀・出雲國風土記及び“国譲り神話”に関連する各地の神楽や祭礼を踏襲・参照しつつ独自に翻案したものである。
出雲國造神賀詞
八十日は在れども、今日の生く日の足る日に、出雲國の國造【姓名】、恐み恐みも申し賜はく、「挂けまくも恐き明御神と大八嶋の國知ろしめす天皇命の大御世を手長の大御世と齋ふと為て、出雲國の青垣山の内 に、下つ石根に宮柱太知り立て、高天原に千木高知り坐す伊射那伎の日真名子加夫呂伎熊野大神櫛御氣野命、國作り坐し大穴持命、二柱の神を始めて、百八十六社に坐す皇神達を、某甲が弱肩に太襷取り挂けて、伊都幣の緒結び、天の美賀秘冠りて、伊豆の真屋に麁草を伊豆の席と苅り敷きて、 伊都閉黒まし、天の甕わに齋み籠りて、志都宮に忌ひ靜め仕へ奉りて、朝日の豐榮登に伊波比の返事の神賀吉詞、奏し賜はく」と奏す。
「高天の神王高御魂命の皇御孫命に天下大八嶋國を事避り奉りし時、出雲臣等が遠祖、天穗比命を國體見に遣はしし時に、天の八重雲を押し別けて天翔り國翔りて、天下を見廻りて返事申し給はく、『豐葦原の水穗國は、昼は五月蝿如す水沸き夜は火瓮の如く光く神在 り。石根木立青水沫も事問ひて荒ぶる國なり。然れども鎮め平けて皇御孫命に安國と平けく知ろしめし坐さしめむ』と申して、己命の児、天夷鳥命に布都怒志命を副へて天降し遣して、荒ぶる神達を撥ひ平け、國作治し大神をも媚ひ鎮めて、大八嶋國の現事顯事事避らしめき。
乃ち大穴持命の申し給はく、『皇御孫命の靜まり坐さむ大倭國』と申して、己命の和魂を八咫鏡に取り託けて倭大物主櫛嚴玉命と御名を称へて大御和の神奈備に坐せ、己命の御子、阿遅須伎高孫根命の御魂を葛木の鴨の神奈備に坐せ、事代主命の御魂を宇奈提に坐せ、賀夜奈流美命の御魂を飛鳥の坐せに坐せて、皇御孫命の近き守神と貢り置きて、八百丹杵築宮に靜まり坐しき。是に親神魯伎神魯備命の宣はく、『汝天穗比命は天皇命の手長の大御世を堅石に常石に伊波ひ奉り、伊賀志の御世に幸はへ奉れ』と仰せ賜ひし次の隨まに供齋仕へ奉りて、朝日の豐榮登に神の禮白臣の禮白と御禱の神宝献らく」と奏す。
「白玉の大御白髪在し、赤玉の御阿加良び坐し、青玉の水江玉の行相に明御神と大八嶋の國知ろしめす天皇命の手長の大御世を、御橫刀廣らに誅ち堅め、白き御馬の前足の爪、後足の爪の踏み立つる事は、大宮の内外の御門の柱を上つ石根に踏み堅め、下つ石根に踏凝し立て、振り立つる耳の彌高に天下を知ろしめさむ事の志の太米、白鵠の生御調の玩物と倭文の大御心も多親に、彼方の古川岸此の古川岸に生ち立てる若水沼間の彌若叡に御若叡坐し、須すぎ振る遠止の美の水の彌乎知に御袁知坐し、麻蘇比の大御鏡の面をおしはるかして見行す事の如く、明御神の大八嶋國を天地日月と共に安けく平けく知ろしめさむ事の志の太米と、御禱の神宝を捧げ持ちて、神の禮白、臣の禮白と、恐み恐みも天つ次の神賀吉詞白し賜はく」と奏す。
[委嘱]
出雲市芸術文化振興財団
[初演]
2023年10月29日 出雲市民会館大ホール
=演奏=
指揮:中井章徳
オホクニヌシ(Bar.):妻屋秀和(バス)
コトシロヌシ(Ten.):野津良佑(テノール)
タケミナカタ(Bas.):小田川哲也(バス)
タケミカヅチ(Sop.):吉川真澄(ソプラノ)
フツヌシ(Alt.):森田麗子(アルト)
管弦楽:出雲フィルハーモニー交響楽団
大合唱(混声4部):出雲フィルハーモニー合唱団
小合唱(8人の群声[コロス]):
狩野麻実(S)・小田萌海(S)
筒井絢子(A)・渡部亜弥(A)
大畑和樹(T)・川西悠紀(T)
秦慎ノ介(B)・永見龍樹(B)